◇宝暦年時代 西村道爺の作品です。
◇大西浄心の極み箱です
◇作品は、時代的に古いので、触るとぽろっぽろっと錆がとれます。使用には問題ありません。
◇十五代大西清右衛門(浄心)・・十四代浄中の次男として大正13年生まれる。九州大学卒業後、京都大学大学院、京都美術学校専攻科にて学ぶ。昭和三十五年に十五代大西清右衛門を襲名。千家の好みの釜を多く作った。京釜についての執筆も旺盛に行い、多くの論文を残した。平成14年、没。現在、十六代目。
◇宝暦年代(1751年〜1764年)
四代 西村道爺 にしむら どうや
京都三条釜座に住し、表千家七世 如心斎宗左(1705〜1751)の頃に活躍した釜師。
西村家三代道也の子で、名は知義、通称は弥三右衛門、号を道爺と名乗り、
原叟時代から如心斎時代の名工とされます。
俗に「ててどうや」と呼ばれる。
原叟好みの百佗釜、達磨釜、如心斎好みの富士釜、累座釜などがあり
道爺の釜は、釜肌は荒肌が主で、落ち着いた作振りといいます。