<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>古美術・茶道具　改野商店</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/" /><modified>2026-05-17T18:07:09+09:00</modified><entry><title>妹塗ロクロ目大棗　五代 川端近左 造</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191858661" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191858661</id><issued>2026-05-16T18:11:22+09:00</issued><modified>2026-05-16T09:24:37Z</modified><created>2026-05-16T09:11:22Z</created><summary>◇川端近左（五代）・・大正四年、奈良県生。昭和3年、十二歳で四世近左に入門。同16年、養子となり、同38年、五代近左を襲名。伝統的な意匠と技法を守りつつ、今までにない味わいを出そうと、忠実に仕事に取り組んでいた。同56年、大阪府工芸功労賞。平成11年、没。現在、...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇川端近左（五代）・・大正四年、奈良県生。昭和3年、十二歳で四世近左に入門。同16年、養子となり、同38年、五代近左を襲名。伝統的な意匠と技法を守りつつ、今までにない味わいを出そうと、忠実に仕事に取り組んでいた。同56年、大阪府工芸功労賞。平成11年、没。現在、六代目。<br>◇シンプルで落ち着いた作品です。<br>◇作品は、きれいで状態良好です。箱はやや経年感あり。<br>◇40年前頃の作品です。</span>
]]></content></entry><entry><title>銘「華厳」膳所茶入　陽炎園造　兼中斎（堀内宗完）書付</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191850555" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191850555</id><issued>2026-05-15T18:56:29+09:00</issued><modified>2026-05-15T10:06:45Z</modified><created>2026-05-15T09:56:29Z</created><summary>◇陽炎園（岩崎新定）・・・大正2年生。遠州七窯の一つ、膳所焼の窯を復興した父・健三に師事。昭和60年滋賀県文化賞受賞。昭和62年膳所焼美術館を設立。平成21年、没。◇表千家・兼中斎宗匠の書付があります。◇作品は、状態良好です。作者の箱書は、内底面あります。◇50年...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇陽炎園（岩崎新定）・・・大正2年生。遠州七窯の一つ、膳所焼の窯を復興した父・健三に師事。昭和60年滋賀県文化賞受賞。昭和62年膳所焼美術館を設立。平成21年、没。<br>◇表千家・兼中斎宗匠の書付があります。<br>◇作品は、状態良好です。作者の箱書は、内底面あります。<br>◇50年前頃の作品。<br>◇十二代 堀内宗完（兼中斎）・・・大正8年京都に生まれる。昭和19年京都帝国大学理学部卒業。昭和21年、兄・幽峯斎宗完の死去に遭い、長生庵を継ぐ。同年表千家不審菴入門、以後内弟子として表千家家元・即中斎宗匠に師事。また建仁寺竹田益州老大師より兼中斎の斎号を受く。昭和28年、十二代堀内宗完を襲名する。平成9年、甥の堀内国彦氏が宗完を継ぎ、宗心を名のる。平成11年、表千家家元より的伝を受ける。平成27年、没。</span>]]></content></entry><entry><title>蛍団扇香合　篠原如雪 造</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191837493" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191837493</id><issued>2026-05-14T18:25:13+09:00</issued><modified>2026-05-14T09:38:26Z</modified><created>2026-05-14T09:25:13Z</created><summary>◇篠原如雪（しのはら じょせつ）・・大正8年、福岡県生まれ。香川県高松市で育つ。14才で木彫漆作家・鎌田稼堂に師事する。彫漆から木彫へと転向するが、その後木彫に漆をかける木彫彩漆に技法をはじめる。茶道具の「用」を重視して、作品に取り組む。日本伝統工芸展連続...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇篠原如雪（しのはら じょせつ）・・大正8年、福岡県生まれ。香川県高松市で育つ。14才で木彫漆作家・鎌田稼堂に師事する。彫漆から木彫へと転向するが、その後木彫に漆をかける木彫彩漆に技法をはじめる。茶道具の「用」を重視して、作品に取り組む。日本伝統工芸展連続入選、日本伝統工芸会正会員、日本伝統工芸展監査委員、伝統工芸木竹部実行委員。平成19年、没。<br>◇蛍が感じよい作品です。<br>◇作品は、きれいで美品です。（底面に少し指摘あり）箱はヤケあり。<br>◇30年前頃の作品。</span>]]></content></entry><entry><title>鵬雲斎御好　真鍮笹頭飾火箸　十一代 中川浄益 造</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191823145" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191823145</id><issued>2026-05-13T18:32:31+09:00</issued><modified>2026-05-13T22:31:18Z</modified><created>2026-05-13T09:32:31Z</created><summary>◇中川浄益（十一代）・・大正9年生。昭和15年、十一代浄益襲名。千家十職。平成20年、没。◇昭和62年の鵬雲斎宗匠の御好みです。この笹頭の意匠は、実際に裏千家兜門内の熊笹を用い、二つ折りした葉のかたちをもとにデザインされたもので、南鐐製もあります。◇作品、基本的...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇中川浄益（十一代）・・大正9年生。昭和15年、十一代浄益襲名。千家十職。平成20年、没。<br>◇昭和62年の鵬雲斎宗匠の御好みです。この笹頭の意匠は、実際に裏千家兜門内の熊笹を用い、二つ折りした葉のかたちをもとにデザインされたもので、南鐐製もあります。<br>◇作品、基本的にきれいで状態良好です。<br>◇30年前頃の作品 。</span>
]]></content></entry><entry><title>仁清写宝尽茶碗 永楽善五郎（即全）造　※干支午</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191812213" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191812213</id><issued>2026-05-12T18:48:03+09:00</issued><modified>2026-05-12T10:01:58Z</modified><created>2026-05-12T09:48:03Z</created><summary>◇永楽善五郎・・千家十職の永楽家の十六代を昭和9年に襲名。永楽即全。平成10年没。現在は十八代目。 ◇干支午で作られた作品ですが、轡が描かれていて宝尽くしですので、気づきにくいとは思います。もちろん、今年（令和8年）の干支としても。◇作品は、状態良好です。◇60...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇永楽善五郎・・千家十職の永楽家の十六代を昭和9年に襲名。永楽即全。平成10年没。現在は十八代目。 <br>◇干支午で作られた作品ですが、轡が描かれていて宝尽くしですので、気づきにくいとは思います。もちろん、今年（令和8年）の干支としても。<br>◇作品は、状態良好です。<br>◇60年前頃？の作品かと思われます。</span>]]></content></entry><entry><title>黒地青楓画茶碗　清閑寺窯 三代 杉田祥平 造</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191801781" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191801781</id><issued>2026-05-11T18:11:09+09:00</issued><modified>2026-05-12T00:59:42Z</modified><created>2026-05-11T09:11:09Z</created><summary>◇杉田祥平（三代）・・大正三年、京都生。二代に師事する。昭和十八年、三代目を継承。古清水の流れをくむ作品に、新しい感覚を取り入れ、独自の色絵の世界を築く。平成12年、没。現在、五代目。◇青楓が艶やかで、感じのよい作品です。◇作品は、きれいで状態良好です。箱...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇杉田祥平（三代）・・大正三年、京都生。二代に師事する。昭和十八年、三代目を継承。古清水の流れをくむ作品に、新しい感覚を取り入れ、独自の色絵の世界を築く。平成12年、没。現在、五代目。<br>◇青楓が艶やかで、感じのよい作品です。<br>◇作品は、きれいで状態良好です。箱はやや経年感あり。<br>◇30年前頃の作品。</span>]]></content></entry><entry><title>利休形黒大棗　五代 川端近左 造　鵬雲斎書付</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191782447" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191782447</id><issued>2026-05-10T18:53:50+09:00</issued><modified>2026-05-10T09:58:14Z</modified><created>2026-05-10T09:53:50Z</created><summary>◇川端近左（五代）・・大正四年、奈良県生。昭和3年、十二歳で四世近左に入門。同16年、養子となり、同38年、五代近左を襲名。伝統的な意匠と技法を守りつつ、今までにない味わいを出そうと、忠実に仕事に取り組んでいた。同56年、大阪府工芸功労賞。平成11年、没。現在、...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇川端近左（五代）・・大正四年、奈良県生。昭和3年、十二歳で四世近左に入門。同16年、養子となり、同38年、五代近左を襲名。伝統的な意匠と技法を守りつつ、今までにない味わいを出そうと、忠実に仕事に取り組んでいた。同56年、大阪府工芸功労賞。平成11年、没。現在、六代目。<br>◇裏千家・鵬雲斎宗匠の書付があります。<br>◇シンプルな黒大棗ですが、上品さがあります。<br>◇箱は結構シミありますが、作品はきれいで状態良好です。<br>◇40〜45年前頃の作品。<br>◇鵬雲斎・・・大正12年、京都府生まれ。同志社大学卒業後、ハワイ大学修学、韓国・中央大學校大学院博士課程修了。昭和24年、大徳寺管長後藤瑞巌老師のもとで修業得度、斎号『鵬雲斎』安名『玄秀宗興』を受け若宗匠となる。昭和39年10月、裏千家第15代家元となり今日庵庵主として宗室を襲名。平成14年12月、嫡男千宗之に家元を譲座し、汎叟千 玄室大宗匠。(哲学博士、文学博士)。 令和7年歿、102才。</span>
]]></content></entry><entry><title>銘「櫻花」西行桜古木茶杓　納屋宗淡 作　下削- 十五代 駒沢利斎 作</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191777499" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191777499</id><issued>2026-05-09T18:16:59+09:00</issued><modified>2026-05-12T00:48:58Z</modified><created>2026-05-09T09:16:59Z</created><summary>◇納屋宗淡・・大正14年、京都府生まれ。同志社大学法経学部経済学科卒業。裏千家十五代鵬雲斎家元の実弟。裏千家総本部長として裏千家茶道を通じ、茶道文化を日本のみならず世界各国に普及させるべく活躍した。平成16年、没。◇弘川寺の西行桜古木を以って作られた茶杓で、...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇納屋宗淡・・大正14年、京都府生まれ。同志社大学法経学部経済学科卒業。裏千家十五代鵬雲斎家元の実弟。裏千家総本部長として裏千家茶道を通じ、茶道文化を日本のみならず世界各国に普及させるべく活躍した。平成16年、没。<br>◇弘川寺の西行桜古木を以って作られた茶杓で、当代（十五代）の千家十職・駒沢利斎さんのです。<br>◇作品は、共筒に多少シミありますが、その他はきれいで状態良好です。<br>◇30年前頃の作品です。</span>]]></content></entry><entry><title>輪島塗鯉桶水指　宮平宗仁 作</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191771502" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191771502</id><issued>2026-05-08T19:25:27+09:00</issued><modified>2026-05-08T10:38:05Z</modified><created>2026-05-08T10:25:27Z</created><summary>◇宮平宗仁・・初代、塗師清作を祖父とし、田中屋宗人（重要無形文化財輪島塗技術保存会会員・日展作家）に師事し、号宗仁を頂く。日本漆工協会会員他。◇基本的に淡々斎好写の水指です。◇蓋の遊びが少ない点と中にヘコミが1箇所あります。微妙な使用スレ以外は、基本的にき...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇宮平宗仁・・初代、塗師清作を祖父とし、田中屋宗人（重要無形文化財輪島塗技術保存会会員・日展作家）に師事し、号宗仁を頂く。日本漆工協会会員他。<br>◇基本的に淡々斎好写の水指です。<br>◇蓋の遊びが少ない点と中にヘコミが1箇所あります。微妙な使用スレ以外は、基本的にきれいな方です。<br>◇平成14年頃の作品。（手紙より）</span>]]></content></entry><entry><title>銘「郭交」茶杓　淡々斎 作　下削-黒田正玄 作</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191760171" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191760171</id><issued>2026-05-07T18:43:45+09:00</issued><modified>2026-05-08T00:33:35Z</modified><created>2026-05-07T09:43:45Z</created><summary>◇淡々斎宗匠の自作で、黒田正玄の下削りの作品です。◇共筒に割とシミがあります。◇郭公（かっこう）は、4月半ばから5月半ば南方から日本に渡って来る鳩よりやや小形の鳥で「カ ッコー」と鳴く。初夏の使用に。◇郭公の色合いにも似た良い茶杓です。◇シミ以外、状態良好です...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇淡々斎宗匠の自作で、黒田正玄の下削りの作品です。<br>◇共筒に割とシミがあります。<br>◇郭公（かっこう）は、4月半ばから5月半ば南方から日本に渡って来る鳩よりやや小形の鳥で「カ ッコー」と鳴く。初夏の使用に。<br>◇郭公の色合いにも似た良い茶杓です。<br>◇シミ以外、状態良好です。<br>◇昭和初期〜中期頃の作品。<br>◇淡々斎・・茶道裏千家十四世家元。東京生。裏千家十三世円能斎の長男。幼名は政之輔、号に碩叟。30才で家元を継承。淡交会を結成、ついで国際茶道文化協会を設立し茶道の海外普及につとめた。紫綬褒章受章。昭和39年(1964）歿、71才。<br>◇ 黒田正玄（十二代）・・竹細工の茶道具を製作する、黒田家十一代目正玄の長男として明治39年に生まれる。大正15年に十二代目正玄を襲名する。昭和18年、政府認定技術保存資格者となる。昭和41年引退し、長男が十三代目を襲名。昭和51年紺綬褒章 受賞。昭和63年、没。</span>
]]></content></entry><entry><title>掛分紫陽花茶碗　宮川香林 作</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191744293" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191744293</id><issued>2026-05-06T18:22:42+09:00</issued><modified>2026-05-08T14:03:34Z</modified><created>2026-05-06T09:22:42Z</created><summary>◇宮川香林・・昭和23年、先代宮川香雲の四男として京都に生まれる。父の指導を受ける。昭和56年紫野大徳寺僧堂　嶺雲老師より香林の雅号を頂く。茶陶作家。◇掛分で紫陽花が感じよく描かれています。◇基本的にきれいで状態良好です。（指摘あり）◇平成5年以降の作品。（栞...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇宮川香林・・昭和23年、先代宮川香雲の四男として京都に生まれる。父の指導を受ける。昭和56年紫野大徳寺僧堂　嶺雲老師より香林の雅号を頂く。茶陶作家。<br>◇掛分で紫陽花が感じよく描かれています。<br>◇基本的にきれいで状態良好です。（指摘あり）<br>◇平成5年以降の作品。（栞より）</span>]]></content></entry><entry><title>利休好萬代屋釜　高橋敬典　※風炉釜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191734525" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191734525</id><issued>2026-05-05T18:24:34+09:00</issued><modified>2026-05-05T09:30:08Z</modified><created>2026-05-05T09:24:34Z</created><summary>◇山形県の人間国宝　高橋敬典（工房）の作品です。◇多少の指摘ありますが、基本的に使用回数少なめで、きれいで状態良好です。◇昭和60年以後の作品です。（栞より）</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇山形県の人間国宝　高橋敬典（工房）の作品です。<br>◇多少の指摘ありますが、基本的に使用回数少なめで、きれいで状態良好です。<br>◇昭和60年以後の作品です。（栞より）</span>]]></content></entry><entry><title>染付八角花鳥山水の絵水指　手塚充（石雲）造　鵬雲斎書付</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191726574" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191726574</id><issued>2026-05-04T18:48:08+09:00</issued><modified>2026-05-04T09:58:14Z</modified><created>2026-05-04T09:48:08Z</created><summary>◇手塚充(石雲）・・昭和17年手塚玉堂の五男として京都に生まれる。父に師事する。平成13年、大徳寺管長・高田明浦老師より石雲を拝領する。平成28年、没。◇裏千家・鵬雲斎宗匠の書付があります。◇キチッと描かれ、八角で感じのよい作品です。◇作品は、きれいで状態良好で...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇手塚充(石雲）・・昭和17年手塚玉堂の五男として京都に生まれる。父に師事する。平成13年、大徳寺管長・高田明浦老師より石雲を拝領する。平成28年、没。<br>◇裏千家・鵬雲斎宗匠の書付があります。<br>◇キチッと描かれ、八角で感じのよい作品です。<br>◇作品は、きれいで状態良好です。<br>◇30年前頃の作品。<br>◇鵬雲斎・・・大正12年、京都府生まれ。同志社大学卒業後、ハワイ大学修学、韓国・中央大學校大学院博士課程修了。昭和24年、大徳寺管長後藤瑞巌老師のもとで修業得度、斎号『鵬雲斎』安名『玄秀宗興』を受け若宗匠となる。昭和39年10月、裏千家第15代家元となり今日庵庵主として宗室を襲名。平成14年12月、嫡男千宗之に家元を譲座し、汎叟千 玄室大宗匠。(哲学博士、文学博士) 。令和7年歿、102才。</span>]]></content></entry><entry><title>昔形茶器　十三代 黒田正玄 造　鵬雲斎書付</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191716994" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191716994</id><issued>2026-05-03T18:21:42+09:00</issued><modified>2026-05-09T08:20:53Z</modified><created>2026-05-03T09:21:42Z</created><summary>◇黒田 正玄(十三代）・・千家十職 柄杓師。昭和11年、京都に生まれ。昭和35年、早稲田大学第一文学部卒業。千家に出仕。昭和41年、13代黒田正玄を襲名。平成26年、隠居して、玄督を名乗る。平成29年、没。現在、十四代目。◇薄茶器としての棗は、村田珠光の時代の塗師・羽...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇黒田 正玄(十三代）・・千家十職 柄杓師。昭和11年、京都に生まれ。昭和35年、早稲田大学第一文学部卒業。千家に出仕。昭和41年、13代黒田正玄を襲名。平成26年、隠居して、玄督を名乗る。平成29年、没。現在、十四代目。<br>◇薄茶器としての棗は、村田珠光の時代の塗師・羽田五郎が作ったとされています。利休以前の棗形を「昔形」と呼び、その中でも竹の茶桶形で、底が丸く、切合わせの下が朱塗りのものを「昔棗 珠光好」とか「珠光棗」と呼びます。<br>◇裏千家・鵬雲斎宗匠の書付があります。<br>◇作品は状態良好です。<br>◇55〜60年前頃の作品。<br>◇鵬雲斎・・・大正12年、京都府生まれ。同志社大学卒業後、ハワイ大学修学、韓国・中央大學校大学院博士課程修了。昭和24年、大徳寺管長後藤瑞巌老師のもとで修業得度、斎号『鵬雲斎』安名『玄秀宗興』を受け若宗匠となる。昭和39年10月、裏千家第15代家元となり今日庵庵主として宗室を襲名。平成14年12月、嫡男千宗之に家元を譲座し、汎叟千 玄室大宗匠。(哲学博士、文学博士) 。令和7年歿、102才。</span>
]]></content></entry><entry><title>楽山焼茶碗　十一代 長岡空権 造　※出雲焼</title><link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.kaino.jp/?pid=191709895" /><id>https://www.kaino.jp/?pid=191709895</id><issued>2026-05-02T18:13:07+09:00</issued><modified>2026-05-07T01:19:04Z</modified><created>2026-05-02T09:13:07Z</created><summary>◇長岡住右衛門（号：空権）・・昭和4年、楽山焼窯元の家に生まれる。祖父・空味、父・空処に師事。同46年、十一代住右衛門襲名。伝統的な技法を守り、伊羅保写・高麗写などを中心に作陶。平成12年、島根県指定無形文化財に認定。令和3年、没。現在、十二代目。◇出来のよい...</summary><author><name>古美術・茶道具　改野商店</name></author><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:large;">◇長岡住右衛門（号：空権）・・昭和4年、楽山焼窯元の家に生まれる。祖父・空味、父・空処に師事。同46年、十一代住右衛門襲名。伝統的な技法を守り、伊羅保写・高麗写などを中心に作陶。平成12年、島根県指定無形文化財に認定。令和3年、没。現在、十二代目。<br>◇出来のよい茶碗です。<br>◇作品は、きれいで状態良好です。<br>◇30年前頃の作品。</span>]]></content></entry></feed>